田中心粋の軌跡 ― 書と剣に生きる理由―
何者でもない自分
かつて私は大手電機メーカーで働き、仕事に追われる日々を過ごしていました。転機が訪れたのは30歳の節目のとき。インドの子会社との仕事で、現地の社員からこう聞かれました。
「日本の伝統文化について教えてほしい」
その問いに、私は答えられませんでした。もちろん書道や茶道、武道という言葉は知っておりましたが、実際の所作や大切にしている価値観までは知らず、日本人でありながら、自国の伝統文化について語れない自分に、深い悔しさを覚えました。
また、国内旅行が好きだった私は、西郷隆盛や山岡鉄舟をはじめとする幕末志士たちの掛け軸や扁額の書を見るたび、その力強さに圧倒されました。
「同じ位の年頃なのに、なんと魂のこもった字なのだろうか」
さらに、知覧特攻平和会館を訪れた際、特攻隊員の遺書を触れ、
「二十歳にも満たない青年たちが、どうしてこれほどまでに達筆なのだろうか」
と思い、その筆跡から並々ならぬ熱量と言葉の力を感じました。
「同じ日本人として、何か根本的なことが違いすぎる気がする。それはなぜだろう」――そう自問自答を繰り返すうちに、私は日本の伝統文化の本質を学びたいと強く思うようになったのです。
私が選んだ「二つの道」
「あの志士たちが持っていた、魂の震えるような字はどこから来るのか」
その答えを探し求め、私が辿り着いた考えは「書道で腕を磨き、剣術で精神を鍛え、仕事に活かそう」というものでした。そう決意し、二つの門を叩きました。
剣術は、新選組局長・近藤勇の流派としても知られる「天然理心流」。
書道は、細字の名手・新倉禾亭が創設した「洗心書会」。
「二つの道を、同時にできるだろうか」
そんな不安もありましたが、一度決心したからには「やる前からあれこれ考えず、とにかくやってみよう」と、ひたすら稽古に邁進しました。
仕事が多忙を極め、通い続けること自体が難しい時期もありましたが、常に初心を思い起こし、学びを止めず歩み続けられたのは、がむしゃらな信念だけではなく、楽しかった同門の仲間や、導いてくださった師のお陰です。
今の私があるのは、そうした方々との出会いがあったからこそ。その全てのご縁に、いま改めて深く感謝しております。
そうした研鑽を日々積んでいく中で、次第に「剣と書の精神・業(わざ)を、今度は私が次世代に繋いでいきたい」という強い思いが芽生え、指導者の道を歩むことを決意いたしました。
教室の原点
その後、師範を取得し、書道教室の看板を掲げる許しをいただきました。2018年10月、自宅の一室で小さな教室をスタート。初めて生徒さんが門を叩いてくれた日の喜びは、今も忘れることはありません。
少しずつ生徒さんが増え、手応えを感じ始めていた2020年。突如、新型コロナウイルスが直撃しました。緊急事態宣言による2ヶ月の休業――。心がくじけそうになりましたが、「まだやれることはある」とすぐに前を向き、おうち時間の過ごし方として注目され始めたオンラインレッスンを試行錯誤し、スキルマーケット『ストアカ』で硬筆オンラインレッスンを開始しました。
累計で約700名もの方にご受講いただき、同年7月には『日経ウーマン』の取材を受けるなど、予想もしなかった広がりを見せました。この経験は、私に「諦めない心」と、何が幸いするか分からない『人間万事塞翁が馬』の真意を身をもって教えてくれました。
この逆境を乗り越え、現在では、低学年の小学生からご年配の方まで、幅広い世代が集う学びの場となっています。
設立から8年目を迎えた今、私の中に一つの確信が生まれました。書道とは、単に『字を綺麗に書く』ための技術ではなく、かつての日本人が大切にしてきた精神性、そして私が剣術からも学んだ『心の在り方』を磨く道であるということです。
結びに代えて
私が歩んできた書道と剣術は、一見、静と動で対照的に見える二つの道ですが、その根底には「守破離」「序破急」「真行草」といった、共通する日本文化特有の理念が流れています。このように両側面から語れることは、私ならではの強みであると自負しております。
ゼロから始まったこの教室は、今では多くの仲間に恵まれる場となりました。しかし、ここがゴールではありません。私が目指すのは、「書が日常に溢れる世の中」であり、「書を通じて一人ひとりの軸が確立され、人生がより豊かになっていくこと」です。
通ってくださる皆様に「この教室を選んでよかった」と心から感じていただけたら何よりの喜びです。私自身も書道と剣術の両道のさらなる発展に向けて、これからも精進し続けて参ります。